― 絶望の先に、希望の色は現れる ―
失敗した初回の染めに落胆しながらも、私はあきらめきれず、再び新たな工房を求めて動き出した。
次に訪れたのは、ジャワ島ジョクジャカルタにある「ビクサー」という草木染めの工房だった。
工房は古びた土間にチャンチン(蝋描き用具)が無造作に置かれ、薄暗い空間だったが、心を惹かれる面白い図案がいくつもあった。
ここなら何かができるかもしれない、そう感じた。
しかし、話を聞くうちに工房が対応できるのは「小さな綿の布」だけで、着物のような長尺ものや絹素材の染めは未経験だという。
大島紬の反物を見せると、職人たちは興味深そうに眺めながらも「これはできない」と言った。
それでも諦めきれず、私は1本の帯を預けることにした。
図案を指示し、帯の太鼓部分と前帯に限定したデザインで試作を依頼した。
「これは何に使うのか?」と聞かれたので、写真を見せながら説明すると、職人のひとりが「これは亀の甲羅のようだ」と表現した。
文化の違いの中に、美しい感性の交差を感じた瞬間だった。
製作には前金が必要だった。言い値より多く渡し、「その代わり、きれいな物を頼むよ」と伝えた。
すると、彼らの表情が変わり、前向きなエネルギーが立ち上るのを感じた。
その後も、ジョクジャカルタの工房をいくつも巡った。
ある晩、偶然出会ったのが「IFFA(イファ)」という草木染工房の女性オーナーだった。
ここからまた新たな挑戦が始まった。
半年後、ようやく出来上がった訪問着は、右半分に草木染の模様が入っていたが、左半分は無地で、藍染の風合いが出ていなかった。
絹の持つ艶も失われ、まるで木綿のようだった。
私はついに覚悟を決め、「グンテン(ハサミ)を持ってきてくれ」と告げ、その場で反物にハサミを入れた。
「これは使えない」と判断し、自ら区切りをつけたのだった。
また失敗。
しかし失敗の中にこそ、次への布石がある。
そう信じて、私はさらにその先の出会いへと進み続けることになる――。

